京都市伏見区にある藤森神社と無形民俗文化財
この記事は以下のサイトを参考にしています。
https://www.nippon-matsuri.net/report/kakeuma/
http://www.fujinomorijinjya.or.jp/
京都市伏見区にある藤森神社は、「勝運を呼ぶ神」として信仰を集めている神社です。また、この藤森神社には「日本最古の学者、学問の祖神」とされる舎人親王(とねりしんおう)も祀られており、受験シーズンには数多くの受験生が合格祈願に訪れます。
今回は、藤森神社と5月の祭事「駈馬神事(かけうましんじ)」について紹介します。
京都市伏見区の歴史ある神社
藤森神社は、文武両道に秀でた神を祀る神社で、勝運・学問・馬の神社として信仰されています。あじさいの名所としても有名であり、毎年見頃にあわせて紫陽花まつりが開催されています。
京都市伏見区は菖蒲の節句(端午の節句)発祥の地
京都市伏見区にある藤森神社は、菖蒲の節句(しょうぶのせっく)の発祥の地と言われています。
菖蒲の節句と言われると馴染みがない方も多いかと思いますが、菖蒲の節句は別名「端午の節句(たんごのせっく)」です。
もともとは中国で厄除けや魔除けを行う日として認識されていて、5月に菖蒲の薬草を使い漢方やお酒にして飲む風習があったため、「菖蒲の節句」と呼ばれていました。
日本で浸透している「端午の節句」ですが、端午は「月初めのうまの日」という意味を持っています。端午はもともと5月に限った日ではないのですが、「午」と「五」が同じ読み方の為、奈良時代以降、5月5日は端午の節句として定着していきました。
菖蒲の節句(端午の節句)が男の子のための節句となった理由
江戸時代に入ると、勢力は貴族から武家中心になり、「菖蒲」の音が武を重んじる「尚武(しょうぶ)」と同じであることから、「端午の節句」は「尚武の節句」として武家の間で祝われるようになりました。この節句は、家の後継ぎとして生まれた男の子の成長を祈り、家の繁栄を願う重要な行事とされ、5月5日の端午の節句は男の子のための節句として定着していきました。
また、藤森神社が勝運を呼ぶ神として信仰を集めている理由は、「菖蒲」の音が武を重んじる「尚武(しょうぶ)」と同じであり、「尚武」は「勝負」に通じることからだと言われています。
「午」はなぜ「うま」と読む?
端午は「月初めのうまの日」とお伝えしましたが、なぜ「午」を「うま」と読むのか疑問に思う方もいるのではないでしょうか。
「午」は他にも、干支で「午年」として使われていますが、私たちが最も馴染みがあるのは「正午・午前・午後」など時間を表す「午」だと思います。
では、なぜ「午」は時間を表すのに使われているのか。その理由は江戸時代にまでさかのぼります。
現在は「1日24時間」という認識が私たちの中にありますが、江戸時代までは1日を「12の刻」に分けていました。その刻を表す方法の一つが、「干支」で数える方法です。
有名なものだと、「丑三つ時」を聞いたことある方は多いと思います。この「丑」は「午前2時頃」を表していて、このように昔は時間を数えるのに干支を用いていました。
干支で時刻を数える場合の数え方としては、午前0時前後の2時間を「子の刻」とし、それ以降2時間刻みで丑、寅…と順番に続いていきます。そのように数えていくと、ちょうどお昼の12時が「午の刻」になります。12時を「正午」と言うのは、このように12時がちょうど「午」であることに由来します。また、お昼12時を境に「午前」「午後」と分けているのも、「午の刻」より前か後かということです。
ちなみに、干支と動物にはもともと関係性がなく、一般市民に広く普及するために干支と動物を結びつけたのだと言われています。
干支が誕生した紀元前の時代は教育があまり広まっていなかったこともあり、干支の漢字を覚えてもらうより、親しみのある12種類の動物で割り当てた方が覚えやすいだろうという考えから、現在の干支と動物のつながりになっています。
では、なぜ「午」が「馬」となったのか、これは「午」の中国語の発音からです。
同じ発音をする漢字に「伍」があり、「伍」は群れをつくるものという意味を持ちます。ここから、「午」は群れで暮らす「馬」をあてはめられたと言われており、現代にも受け継がれています。
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京都市伏見区の無形民俗文化財「駈馬神事(かけうましんじ)」
馬上の妙技、日本唯一にして1200年の歴史を持つ、京都の無形民俗文化財「駈馬神事(かけうましんじ)」を紹介します。
これは今や地球上では京都市伏見区とモンゴルでしか見られないという、貴重な文化です。
藤森神社の参道馬場にて、「手綱潜り・逆乗り・矢払い・横乗り・逆立ち・藤下がり・一字書き」の技を披露しますが、実は馬に騎乗する乗子は練習なしのぶっつけ本番です。乗子は大人だけでなく子どもも挑戦しており、乗子たちの命を懸けた覚悟とパフォーマンスには圧巻です。
駈馬神事の歴史
駈馬神事は、天応元年(781年)に陸奥の反乱に対し将軍を討てとの命令を受けた早良親王(さわらしんのう)が、藤森神社で戦勝を祈願して出陣した際の擬勢を象徴したものだと言われています。
室町時代から江戸時代にかけて武士や馬術指南役たちに浸透していき、馬に騎乗して一字書き・藤下がり・手綱潜り・横乗り・逆立ちなど数種の技を競い合いました。明治以降、藤森神社の氏子に引継がれ、毎年5月5日の藤森祭に駈馬神事として奉納されています。昭和初期までは街道で行われていましたが、道路及交通事情等により現在は参道馬場で行われています。
昭和58年に京都市登録無形民俗財に指定され、現在は1200年前の古来より伝わるこの伝統行事を、藤森神社・藤森神社駈馬保存会・藤森神社駈馬実行委員会・藤森神社氏子によって継続公開保存しています。
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今回は京都市伏見区にある藤森神社と駈馬神事について紹介しました。駈馬神事は日本では京都市伏見区でしか見られない貴重な伝統で、大人だけでなく子どもも挑戦しているということに驚きました。藤森神社は駈馬神事だけでなく勝負事の神社としても有名ですので、駈馬神事を見に行ってみたり合格祈願のためにお参りに行ってみるのもいいかもしれませんね。
家庭教師のやる気アシストは、京都市伏見区で「定期テストや入試・受験対策に強い」家庭教師として、小学1年生から高校3年生のお子さんを対象に、ご自宅に伺い勉強の指導を行っています。
少しでも興味を持って下さった方はこのページをご覧いただけますと幸いです。
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この記事は以下のサイトを参考にしています。 https://www.city.joyo.kyoto.jp/0000006270.html https://www.city.joyo.kyoto.jp/0000006159.html ビスマルク宰相の「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という歴史的な言葉があります。 歴史は、私たち…